東洋蘭の栽培

          東洋蘭に魅せられて 

 今から40年前、私は始めて九州に勤務した。この職域には幾人かのランキチがいたことから、私は単身赴任の侘しい休日を楽しむことと、この地の風土に浸る歓びを求めて、誘われるままに、五島列島の福江島や鹿児島県の紫尾山・宮崎県の尾鈴山などを訪れ、野生ランの山採り行脚をして、かされたものであった。 
 その頃は、まだ私はランのどこが良いのか、ただの山の草ではないかぐらいにしか思っていなかったが、不思議なもので毎日ランの顔を見ながら育て、四季 折々の変化に夢が芽生えるようになって、次第にその魅力に取り付かれるようになり、今では我が家のラン舎には400鉢余りの、各地の銘柄が並ぶようになり、朝起きると先ずラン舎に、会社から帰るとまた必ず服を着替える前に、ランの顔を見に行くという毎日で、家内には「どうせ貴方は私よりもラン子さんだものね」と言われる始末であった。親しい学友からは、「お前のような無粋で生臭い男が、ランに趣味を持つなどというのは信じられん。どうせ日々の世話は奥さんにやらせているのだろう」と冷やかされたものだった。しかし、ランはそんなことではとても期待する(花色の良い、花茎の充分伸びた姿の良いもの)ようなものには育たない。日々ランの顔を見て、その心情を察し、それに応えてやらなければならないのである。
 そうは言っても、ランの花の色は、概して複雑な色素が混じった不鮮明な色彩で、およそ華麗さからは程遠いものである。東洋ランの魅力は花色の魅力とは必ずしも一致しないように思う。薔薇や牡丹の花は誠に美しいものであるが、楽しめる期間があまりにも短い。しかも、その末期になると、盛りの華麗さに比べて如何にも哀れだ。それに反して、東洋ランの開花期間は数倍楽しめるし、花が済んでも醜態を見せる事が無いのみならず、特有の整った姿と艶のある緑葉は年中楽しめるのである。ランキチ以外の人は先ず一顧だにしないその美しさは、華麗な花に飽き、通俗的な美意識を拒んで、渋さや閑寂の美を求める風狂の人のみが官能する魅力なのだと言われている。ランの美は、化粧美ではなく、素肌の美であり、清潔上品で奥ゆかしいものだ。自慢げに高ぶったところがなく、素朴で無駄な嫌味がないのが良い。
 私などは、まだそんな風狂の域などにあるわけではないが、それでもこの頃は、新芽の柄をみては悦び、花が咲けばその楚々とした色彩や香りに惹かれ、ランを養いながら、ランに養われている毎日だと実感している。

我が家の温室

  東洋ランと人との関わりは、歴史始まって以来と言われる程に古く、我が国でも中国でも、随所に文人・君子の嗜みのとしてのランの記録が出てくる。特に中国では、ランは四君子(ラン・キク・ウメ・タケ)の中の雄として貴ばれ、左氏は「蘭有国香」といい、孔子はランによって悟りを拓いたという故事が残されている。即ち、「幽蘭は空谷に生ずる。そして人がいないからと、その芳しい香りを立てないなどということはしない」というのである。凡俗の目ではそれ程のものとも考えないが、この人には静かなもの思いをそそる路傍の花に、人の生き方を感じさせたのであろう。
 私は、これまで狭い庭の一角にラン舎を建て、自分一人の楽しみとして培養し、また、それで良しとしてきたが、数年前から作の良い時には、やはり人に見て頂きたいと考えるようになった。理解を頂いた近くの銀行や郵便局のご協力を得て、ロビーをご提供頂き、春秋2回展示会を開催している。プロの作品から見れば、お粗末なものも多いのだが、沢山の方々に観賞して頂き、思いのほか熱い視線に面映ゆげに揺れるランの表情を感じて、私の新たな培養への意欲を掻き立てている